ヒューマンファクターズ ヒューマンエラー防止へのアプローチ 第1回 “過去の重大事故事例:何を教訓にしてきたのか?”

今回より5回にわたり、「ヒューマンファクターズ ーヒューマンエラー防止へのアプローチ」をテーマに、航空宇宙業界の“ヒューマンエラー防止”への取組みの変遷を紹介し、最近の業界要求の動向とそのポイントについて解説します。

第1回は、“過去の重大事故事例:何を教訓にしてきたのか? “についてです。

2024年1月2日に羽田空港で、海上保安庁機とJAL機が衝突するというショッキングな事故が発生しました。12月に国土交通省から事故に至る経緯を詳細に調査した経過報告が発表されました。*1

パワポ版の説明資料(要約版)を熟読したことがきっかけで、私の経験を踏まえた“ヒューマンエラー防止”について紹介することにしました。個人的な経験であり、個人視点の内容が含まれていますが、航空宇宙業界が取り扱う“製品安全”を理解するうえで、ヒューマンファクターズへの認識が重要であることを認識していただければと思います。

・過去の重大事故事例 
MHIに入社した1985年は、8月にJAL機墜落、翌年1月にはスペースシャトル・チャレンジャー事故が発生した年です。
配属先の上司から航空宇宙工業会がとりまとめたNASDA委託成果報告書「損傷予防プログラムの調査及び検討」を渡され、報告書が参照しているNASA文書*2を参考にして、“ロケット現場での活用に取り組むように指示されたこと”がきっかけで、”ヒューマンエラー“を知ることになりました。

まずは、国内事例としてエアライン(JAL/ANA)の“飛行安全”への取組みの調査から始めました。JAL機の事故はその直後でした。更にチェレンジャー事故が発生し、自らの職場で本格的に取り組む必要が生じました。
以降,下図に示したように、様々な職場で、“ヒューマンエラー“に取り組んできました。

・人間工学 →ヒューマンエラー →ヒューマンファクターズ
 1980年代は、スリーマイル事故報告書*3を参考にした原子力・プラント事業での取組みが先行しており、MHIでは社標準(マニュアル)の制定が進められていました。そのタイミングで航空機・宇宙機の事故が発生したことから、名航委員として参加することになり、他業界の最新の情報を知るだけでなく、航空宇宙業界の取組みを紹介することになりました。

 原子力発電所は操作員と設備が連携して運用されるシステム(マンーマシン・システム)であることから人間工学を考慮した設計が求められていました。発電所の確実な運用のために、操作者のミス(ヒューマンエラー)を発生させないことが目的です。これは、航空機も同じであり、パイロットが操縦するコックピットには、人間工学を考慮した設計・検証が取り入られていました。開発が立ち上がった宇宙ステーションでも、搭乗員の安全を取扱うS&PA(安全開発保証)に取り組みはじめた時期でした。

このような状況の中で、品質保証スタッフとして、“ヒューマンファクターズ”は製造現場の作業ミスの防止に生かせると考え、成果報告書を参考にし、“製造現場(含む射場整備)”を対象とした“ロケット製造現場でのヒューマンエラー防止活動プログラム”を試行・実践することになり、私なりに以下の整理をして取り組みました。

(NASA宇宙機)
 ヒューマンエラー防止プログラム:ライフサイクル(設計・製造・運用)で実施項目を設定 
  →製造に着目した項目に限定、再発防止(事後分析)、未然防止、教育・訓練計画

(国内の原子力発電所)
 人間工学人間信頼性工学:SHELLモデル、ヒューマンエラー率算出
  →製造工程・射場作業の未然防止活動に活用(工程FMEAの様式を流用)

(エアラインの飛行安全)
 ヒューマンファクターズ事故に至った経緯の調査、事象のチェーン、m-SHELLモデルで整理 
  →原因調査で背後要因分析を実施、m(マネジメント)も考慮
 安全のハインリッヒの法則:インシデント報告制度 
  →製造・射場整備作業のKY(危険予知)で、作業ミス・ポテンシャル抽出を試行
  →ヒヤリハット・異常報告の試行
 飛行安全教育:ヒューマンファクターズの理解
  →ヒューマンエラー防止教育を試行

・30年を経過しての振り返り
 今回紹介した取組みは、1985-1990年ごろに自らの職場で必要に迫られ試行錯誤を繰り返しながら実践してきたものです。
近年、航空機業界で適用されつつあるAS13100*4で追加された項目とほとんど同じでありました。30年を経て航空宇宙業界の規格に反映されたことになります。

なお、当時はJAL123事故・チャレンジャー事故の事故調査報告書は公開前であり、参考にできませんでした。調査結果が公開されるに従い、1990年以降国内の航空宇宙業界は、組織として取り組んでゆくことになります。
次回(第2回)“国内の航空宇宙業界の取組みの変遷 :作業ミス防止”を紹介します。

(今後の予定)
第2回:国内の航空宇宙業界の取組みの変遷 :作業ミス防止
第3回:JISQ9100:2016版の要求事項の解説 :ヒューマンエラー防止
第4回:最近の動向:国内  :コンプライアンス
第5回:最近の動向:民間機 :ヒューマンファクターズ

(参考文献)
当社販売:「JIS-Q-9100航空宇宙QMS実務ガイドブック」 第2部 第7章
当社販売:「航空機 品質保証実践ハンドブック」 第2章 第15節

*1 運輸安全委員会(航空部会):海上保安庁所属ボンバルディア式DHC-8-315型JA722A及び日本航空株式会社所属エアバス式A350-941A型JA13XJの航空事故調査について(経過報告)令和6年12月25日
*2 NASA/SP-6506:An Introduction to the Assurance of Human Performance in Space Systems:Jan.1,1968
*3 NUREG/CR- 1278Handbook of Human Reliability Analysis with Emphasis on Nuclear Power Plant Applications Final Report: A. D. Swain, H. E. Guttmann: Printed August 1983
*4 AEROSPACE STANDARD AS13100:航空エンジン設計および製造組織に対するAESQ品質マネジメントシステム要求事項

(当社開催セミナー)
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(関連コラム)
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以上
文責:大脇 聡