ヒューマンファクターズ ヒューマンエラー防止へのアプローチ 第3回 “JIS Q 9100:2016版の要求事項の解説:ヒューマンエラー防止”

今回は、航空宇宙業界規格:JIS Q 9100の改正の経緯と、2016版で追加された、“ヒューマンファクターズ”及び“製品安全”を解説します。
・JISQ9100:2009版 の改正の経緯
IAQG/JAQGは、5年先10年先までの戦略を設定しており、当初から以下の方針で改正に向けた活動を行っていました。
・ISO9001の改正に合わせて改正 :ISO9001:2015版の規格構成の変更に対応
・防衛・宇宙への適用拡大 :ステークフォルダー(防衛・宇宙)からの要望を反映
IAQG/JAQGは、民間機主導で業界規格:AS/JIS Q 9100を制定しましたが、当初から防衛・宇宙業界への適用拡大を目指していたのです。IAQGのワーキング・グループにスペース・フォーラム(SF)があり、IAQGからの要請によりJAQGは、2006年にJAQGスペース・フォーラム(SF)を結成しました。
H-IIAロケットの民間移管のタイミングでもあったことから、JAXAへのJIS Q 9100適用に向けた提案活動の位置づけでJAXA・国内企業メンバーからの意見をまとめIAQG SFへインプットしました。結果、IAQG SFからの、“宇宙機は航空機のような量産ではないことから、開発時のプロジェクト・マネジメント、信頼性・システム安全の管理が重要である“という要望は採用され、”運用リスクマネジメント“へ反映されたのです。(反映先:8.1運用の計画及び管理)
・JIS Q 9100:2016版のポイント
改正された2016版の要求項目から“ヒューマンファクターズ”に関係する項目を、以下にリストアップします。
ここで、太字が、JIS Q 9100要求です。*1
3. 用語及び定義 | 3.4 製品安全 (新規) |
7.3 認識 | g) 飛行安全 (新規) |
h) 倫理的行動の重要性 (新規) | |
8.1 運用の計画及び管理 | 8.1.3 製品安全 (新規) |
8.5.1 製造及びサービスの提供の管理 | g) ヒューマンエラー防止 |
10.2 不適合及び是正処置 | b)2) 人的要因(human factors)(新規) |
8.5.1 g)は、工程設計において“ヒューマンエラー防止”を考慮することの要求ですが、これは、自動車業界で一般的な“工程FMEA”等を意図したものと思います(が、手法の明記はありません)。
改正のポイントは、10.2 b)に“人的要因(human factors)”が明記されたことです。和訳と原文が併記されたことが、当時の国内の状況に配慮したものと思われます。
・製品安全と飛行安全
規格では“3.4製品安全は、“製品が人々への危害又は財産への損傷に至る許容できないリスクをもたらすことなく、設計した又は意図した目的を満たすことができる状態”と定義されています。
製品安全は、宇宙の要望とともに、航空当局からの安全に係わる要求であるSMS(Safety Management System:安全管理システム)を考慮したものと思われます。*2
SMSでは安全の定義を、“航空活動に関連するリスクが受け入れ可能なレベルまで低減され制御されている状態をいう。”としています。*3
なお、国内の機体製造メーカでは、“飛行安全”を広く用いています。JAQGが発行しているガイダンス文書では“飛行安全”は、”飛行が及ぼす人への危害あるいは財産への損害リスクが受容レベルまで低減され、それが維持されている状態“と定義しています。*2
宇宙業界も同様で、システム安全プログラムを実施しています。(JAXA-JMR-001)*4
基幹ロケット輸送サービスにおいては、宇宙活動法に従い“リストオフまでの整備作業及び/飛行中”の(地上/飛行)安全評価を実施しています。*5
蛇足ですが、国内では1995年に製造物責任法(PL法)が施行され、製造メーカは“製品安全“を考慮してきた経緯があります。
・取組み事例紹介
ここでは、”ヒューマンファクターズ“への取り組みについて、国内企業の取組み事例を紹介します。
ヒューマンファクターズ/飛行安全教育:
IAQG/JAQGは、2016版改正に合わせて、メンバー企業の取組み事例を集約したSCMHガイダンス文書を発行しました。*2
分析手法:
分析手法は、実施のタイミングで、未然防止と再発防止に分けられます。*6
未然防止:
8.5.1 g) ヒューマンエラーを防止するための処置を実施する。
(手法例)工程FMEAにおいて、ヒューマンファクターズ(M-SHELL、4E等)を考慮
作業前の安全KY(危険予知)に、ヒューマンファクターズを含める(品質ヒヤリハット)
再発防止:
10.2 b) 必ず、人的要因(human factors)に関する原因を含む、その不適合の原因を明確にする。
(手法例)エラーに至る経緯を調査し整理して、背後要因を分析する手法
VTA(バリエーションツリー分析)、いきさつダイヤグラム、なぜなぜ分析、等
品証研で開催しているセミナーでは、JAL123事故他の分析事例、航空宇宙業界・企業の取組み事例を紹介しています。
なお、JAQGがガイダンス文書を作成することになったのは、2010年代に発覚した国内企業による不祥事の再発防止策を、IAQGメンバー(機体・エンジンのプライムメーカ)及びステークホルダー(FAA、航空局、防衛省、JAXA、等)へコミットメントすることでした。*7
結果的に2016版に、” 7.3 h)倫理的行動の重要性“が盛り込まれたのです。
次回(第4回)で、“最近の動向:国内 :コンプライアンス”を紹介します。
(今後の予定)
第4回:最近の動向:国内 :コンプライアンス
第5回:最近の動向:民間機 :ヒューマンファクターズ
(参考文献)
*1 「JIS-Q-9100:2016航空・宇宙・防衛品質マネジメントシステムの解説(7.3、8.1.3、8.5.1、10.2)(名古屋品証研株式会社で販売)
「JIS-Q-9100航空宇宙QMS実務ガイドブック」 第2部 第5章、第9章(名古屋品証研株式会社で販売)
「航空機 品質保証実践ハンドブック」 第2章 第15節(名古屋品証研株式会社で販売)
*2 SCMHガイダンス文書 3.6.2章:新製におけるヒューマンファクターズ
SCMHガイダンス文書 3.9章:製品安全の認識
*3 航空安全プログラムについて – 国土交通省
*4 JAXA JMR-001:システム安全標準
*5 ロケットによる人工衛星等の打上げに係る安全対策の評価基準:内閣府
*6 JAXA JERG-0-018A:ヒューマンファクタ分析ハンドブック
*7 SJAC 9068A:QMS-航空,宇宙及び防衛分野の組織に対する要求事項-強固なQMS構築のためのJIS Q 9100補足事項
航空,宇宙及び防衛分野の組織におけるガイダンス文書(その1)-コンプライアンス教育
航空,宇宙及び防衛分野の組織におけるガイダンス文書(その2)-飛行安全教育
航空,宇宙及び防衛分野の組織におけるガイダンス文書(その7)-不祥事防止の取組み-(過去事例に学ぶ)
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(関連コラム)
【#1】H-IIAロケット打上げ輸送サービスにおける“3つの品質”
以上
文責:大脇 聡