ヒューマンファクターズ ヒューマンエラー防止へのアプローチ 第2回 “国内の航空宇宙業界の取組みの変遷:作業ミス防止”

前回、JAL123事故・チャレンジャー事故を紹介しました。調査報告書が公開された1990年代になると、国内の航空宇宙業界は、“ヒューマンエラー”に組織として取り組んでゆくことになります。
・宇宙機での取組み
1990年代になり、NASDA(2003年NASDAは、NAL、ISASと統合しJAXAに改組)はロケット・大型衛星の開発段階に発生した事故・不具合等により開発の遅れ・ミッションに影響したプロジェクトが頻発しました。NASDAは、“設計過誤”・“人的過誤:作業ミス”の防止が急務となり、NASA他の宇宙業界だけではなく、航空・原子力・鉄道等の業界・学会の事例を参考にハンドブックを作成し、契約要求に追加してゆきます。
私はメーカ委員として、“ヒューマンエラー防止ハンドブック”*1の作成に参加しました。開発衛星の運用中に発生した“地上管制からのコマンド誤送信”へのマネジメント・レベルの対策として、マンーマシンシステムへの取組みが進んでいた航空業界(エアライン)の“ヒューマンファクターズ”を参考に、宇宙機の取組み事例をまとめるものでした。キックオフにおいてNASDA事務局から、“種子島宇宙センターで作業ミスに起因する不具合が頻発していようだが、MHIさんに事例をまとめてほしい”との発言があり、いきなり試行することになってしまいました。
その時にまとめた事例が、“H-IIロケット8号機打上げ延期につながった製造時の作業ミス”*3を対象にしたバリエーションツリー分析(VTA)・なぜなぜ分析です。不具合の経緯調査・分析・対策立案の検討の流れを以下に示します。

制定されたハンドブックは、契約要求(品質保証プログラム標準)に追加され、H-IIAロケットは実機試作段階から“重大な不具合”が発生した場合には、ハンドブックに従って分析結果と再発防止策を報告することになりました。
H-IIAロケットでの取組みは、コラム:H-IIAロケット打上げ輸送サービスにおける“3つの品質”を参照ください。
また、NASDA標準をISO9001と整合を取る活動も並行しており、品質保証プログラム標準(現在のJAXA-JMR-005)が改訂されたのもこの時期です。私はメーカ委員として、信頼性プログラム標準(現在のJAXA-JMR-004)の信頼性管理の項の改訂案を担当しました。信頼性管理の項で、信頼性工学の項で選定されたクリティカル品目(信頼性管理品目)を製造段階の管理へつなぐための手法として、“工程FMEA”により重要品質特性・重要加工パラメータを選定し、JMR-005の製造工程評価につなげる流れを明確にしました。H-IIAロケットで実践することになったのは、前掲のコラムに記載の通りです。
なお、インプット定数を含めたソフトウェアの変更管理については、ソフトウェアQAの重要な役割として、宇宙機・戦闘機開発で実務(品証によるダブルチェック)を開始したのもこの時期でした。
・航空機の取組み
運航会社JAL/ANAは、1980年代には“飛行安全”が企業方針になっていましたが、JAL123事故*4がきっかけで、より具体的な活動が行われていきました。キーワードは、以下になります。
ヒューマンファクターズ:“人間は、失敗、誤りを犯すもの”であることを前提に物事を考える
発生した事故の調査・分析:“事象のチェーン”、SHELLモデル:背後要因”の観点で行う
飛行安全プログラム:インシデント報告(ヒヤリハット報告)

・企業の取組み事例
ここでは、”ヒューマンファクターズ“への取り組みについて、企業の取組み事例を紹介します。
ポイントは、取組みをHPで公開、事故・不具合事例の展示・事例教育です。ぜひ、HPを検索し、社内教育の参考にしてください。
JR東日本:JR東日本総合研修センター:「事故の歴史展示館」
JAL:安全啓発センター:事故機展示
ANA:ビジネスソリューション:ヒューマンエラー対策研修
MHI:SUSTAINABILITY DATABOOK 2024 製品安全
社標準:製品安全、ヒューマンエラー防止
社員教育:事例教育・「事故展示資料室」
JR東日本、JAL/ANAを訪問、展示コンセプトと階層別カリキュラムを構築し、実践
展示事例:LE7開発事故、大型客船火災、F2離陸失敗事故、他
当社で開催しているセミナーでは、JAL123事故他の分析事例、航空宇宙業界・企業の取組み事例を紹介しています。
次回(第3回)は、“JISQ9100:2016版の要求事項の解説 :ヒューマンエラー防止”を紹介します。
また、チャレンジャー事故の調査報告書は、“NASAの組織風土、製造メーカの企業倫理“まで踏み込んでいます。
本件は、第4回でふれます。
(今後の予定)
第3回:JISQ9100:2016版の要求事項の解説 :ヒューマンエラー防止
第4回:最近の動向:国内 :コンプライアンス
第5回:最近の動向:民間機 :ヒューマンファクターズ
(参考文献)
「JIS-Q-9100航空宇宙QMS実務ガイドブック」 第2部 第7章(名古屋品証研株式会社で販売)
「航空機品質保証実践ハンドブック」 第2章 第15節(名古屋品証研株式会社で販売)
*1 JAXA JERG-0-018A:ヒューマンファクタ分析ハンドブック
「ヒューマンファクタ分析ハンドブック」について | NASDA プレスリリース2000.10.25(WARP)
*2 JAXA JMR-005:品質保証プログラム標準
JAXA JMR-004:信頼性プログラム標準
*3 過去の事故・トラブルの原因について | NASDA プレスリリース2000.1.17(WARP)
これまでの事故・トラブルの教訓からH-IIAロケットへの改善事項 | NASDA プレスリリース2000.2.10(WARP)
*4 失敗知識データベース :失敗事例 > 御巣鷹山の日航ジャンボ機の墜落
(会社HP)
究極の安全を目指して 事故から学ぶ取り組み|企業サイト:JR東日本
安全啓発センター|安全・安心|JAL企業サイト
安全の取り組み | ANAグループ企業情報
三菱重工 | サステナビリティ :SUSTAINABILITY DATABOOK 2024 製品安全
(当社開催セミナー)
製品安全・模倣品の防止及びコンプライアンス – 2025年6月9日(月)開催
航空・宇宙産業におけるヒューマンエラー防止 – 出張セミナーにて募集
(関連コラム)
【#1】H-IIAロケット打上げ輸送サービスにおける“3つの品質” –
以上
文責:大脇 聡